主の御名をあがめます。
今年、3月11日に起こった東日本大震災、そして原発の事故と放射能といったものによって、今、日本という国が、かつてないほどの危機感に襲われています。それまでごく自然に守られてきた日常は、決して当然のものではなく、自分では決してコントロールできない多くのものに支えられていたのだと考えさせられます。自分の思い通りに予定を立て、自分の気の向くままに生きていく歩みの限界ともろさというものを気づかされるような出来事でした。自分の今なしている選択が、本当に良いものなのか?という問いを心の中に抱かずにはいられません。目の前にあるものにではなく、永遠の中で生きる視点をもって、一日一日を生きる大切さを教えられます。変わることなく揺らぐことのない主に対する信仰こそが、私たちになによりも必要なものであることを覚え、また「この方以外に救いはない!!」ということを宣べ伝えなければならないと思わされます。
今、日本中のあらゆるところで教団教派を超えてクリスチャンたちが集まり、ともに神様を賛美する動きがはじまっています。特に若者たちに、そのような絆が結ばれ、賛美と祈りとみことばの中で、主への思いを新たにして世に遣わされて行くひとつのうねりのような動きがはじまっていることを感じさせられています。

【マチダde~~】の集会は松原湖バイブルキャンプで出会った私と横山大輔さん(クリスチャンシンガー、カンバーランド長老教会高座教会員)に、「いつか、町田で超教派の賛美集会をしたい。」という思いが与えられたことがスタートでした。最初の集会は「マチダdeライト」という名前で、2009年の12月10日に行われました。賛美集会の開催を祈っていた時に、北海道から「ナイトdeライト」というクリスチャンバンドが関東ツアーに来ることを知りました。これは神様に与えられた時であることを
感じ、集会の開催を決定しました。「マチダ de ライト」の集会を皮切りに、それ以来、学生の学期終わりの時期である3月、7月、12月の年三回のペースで集会が開催されています。「・・・ファイヤー、・・・タイガー(大河)、・・・ハッピークリスマス、・・・リバイボー!!」と、その時に与えられたテーマがネーミングに反映されています。

集会の会場は、町田クリスチャンセンターを貸していただくことができました。駅からほど近い、100人くらい入ることができる教会です。プログラムはクリスチャンアーティストによるライブを中心に、証し、ダンスやコント、紙芝居など、様々な賜物が集まって作られています。集会の目的はその時によって様々で、クリスチャン向けの時もあれば、伝道目的で開催されることもあります。集会では、力強い賛美によって主の御名がほめたたえられ、語られるメッセージを通して、主の救いよる希望に目が開かれ、新しい情熱が与えられます。この集会を企画・開催していく中で感じることは、人々は主にあって強いクリスチャンたちとの交わりを求めているということです。多くのクリスチャンたちが日常に遭遇する様々な現実の中で、疲弊し、主への信頼を失っています。家庭、学校、職場、一人ひとり同じではありませんが、それぞれが大きく困難な課題に向き合わされています。その課題に目を注ぐ時に、到底乗り越えることができないとか、自分では何もできないと考えてしまうことが多くあります。しかし、集会を通して、主のみことばに信頼を置いて、主を見上げる時に、水の上を歩いたペテロのように、自分自身の力で立つこととは違う、全く新しい力で生きていくことを教えられることができます。そのところにいる、主にあって生きようとする一人ひとりとの交わりと励ましの輪に加わることによって、クリスチャンも、またノンクリスチャンも、そのところに生きる素晴らしさに触れることができます。喜びにあふれた生き方と、それを生みだす福音に魅力を覚え、「自分もそのように生きたい!」「自分もその福音を知りたい!!」という思いが感染していくのです。

今回、「マチダdeリバイボー!!」が行なわれたのは3月11日、東日本大震災の当日でした。奉仕者、出演者で祈祷会をしてから、リハーサルを行なっていた時に突然地震が起こりました。町田でも激しい揺れがあり、駅前の様子を見に行くと、消防車や救急車のサイレンが鳴り響き、あるところでは、窓が散乱していました。停電と、室内にいることが不安で外に出てきた人たちで、駅前の大きな道路はあふれかえっていました。しばらくして教会に戻り、自然と祈祷会がはじまりました。そこには地震の恐怖から過呼吸になった子もいました。この災害を通して不安になっている一人ひとりの心が、主にあって守られ、特に震源地である東北のことを覚えて祈りました。集会どころではない雰囲気の中、なにをすべきかを考えました。普通であれば中止にするという選択肢が最も賢明であったのだと思います。しかし、ちょうど集会開始予定時刻の5分前に電気が復旧し、集会を開催することを神様が許してくださっているように思えました。
街にいて不安な表情を浮かべている一人ひとりの顔を思い浮かべる時に、今こそ人々に希望の福音を届ける必要があると思わされ、ギターとマイク、充電式のアンプを持って町田の駅に向かいました。電車も止まり、どうしようかと考えている人たちに向けて、神の愛を届ける歌を歌いました。なにがどうすれば伝わるのか、なにをすることが適切なのかがわかっていたわけではありませんでした。しかし、十字架によって与えられる揺るがされることのない永遠のいのち、変わることのない愛を、この時にこそ、人々に届けなければならないと思わされたのです。歌の合間に立ち止まってくれた人たちにチラシを渡して歩きました。その声かけに応じて、行き場を失っていた学生や、社会人の数人の方が教会に足を踏み入れることができました。
予定より一時間遅れた午後6時から集会をはじめました。そこでは、長沢崇史師(カナンプレイズチャーチ、ユースパスター、国内宣教師)より神の国の確かさと、そのために生きる必要性が語られました。「私たちに必要なことは、福音を蒔き続けることである。その時に、主が道を開き、御業を起こしてくださる。これまでも様々な患難と苦しみはあった。しかし、宣教は止まらな
かった。私たちのすべきことは、人を救うことではない。そのために委ねられている種を蒔き続けることをやめてはいけない。」
集会が終わった後も電車は動かず、町田クリスチャンセンターの厚意で、会堂を宿泊場所として開放していただけました。その時に、徒歩でも車でも帰ることのできない人たちが集まって、「駅にいる、帰りたくても帰れない寒い思いをしている人たちに何かできることはないだろうか?」という声が上がり、お茶と紙コップをもって駅前に向かうことにしました。

バスやタクシーを待つ長蛇の列に並ぶ人や、一時避難の会場の誘導に立つ市の職員の人たちに、そのお茶を配りました。突然の混乱に非常に疲れている人たちばかりでしたが、そのお茶を受け取って笑顔を浮かべてくださる方もいました。その日はじめて来た人も「僕も手伝います。」と、一緒に配ることができ、愛の種、福音の種というのは、このように蒔かれていくのだと実感した一時となりました。集会から遣わされて行った一人ひとりの様子というのは、身近で関わりのある人の情報しか知ることはできません。しかし、その身近な一人ひとりにも、このような集会が行なわれることを通して、少しずつではあっても確実に、変えられている姿を見ることができるというのは感謝なことです。それは、伝道への思いであったり、自分自身を受け入れることであったり、愛せない人を愛することであったり、傷ついた過去を乗り越えることであったり様々です。しかし、それは主の十字架と復活によって与えられた罪の赦しと、永遠のいのちによる希望から生じるものであることを覚えて、主の栄光をほめたたえさせられています。集会はひとつのきっかけに過ぎません。しかし、そこで生まれた交わりによってお互いが励まされ、燃やされた情熱が教会へ持ち帰られ、遣わされたその場所でそれぞれが主の香りを放っていく時に、そこでさらに素晴らしい喜びのみわざがなされることを信じています。町田にある市民ホールで集会をしたいとか、賛美のCDを作りたいとか、そのような思いも与えられています。しかし、なにより、その時に与えられる主の導きに素直に応答し、謙虚に反省し、感謝して歩んでいきたいと思わされています。主の栄光だけがあらわされますように。

(2011年9月発行No.41掲載)

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